欧州サッカー戦術&考察!

昔スポナビで運営してたブログサービスの引継いだブログ。ちなみにstramacioniは向こうでのユーザーネームです。

日本人が本当に好きなサッカーとは?

まだアマチュアだった釜本の時代から始まり、一世を風靡したJリーグブーム、そしてドーハの悲劇

そこを乗り越え、初のW杯出場を果たし、世界トップとのレベル差を感じた98年。

次の02年日韓W杯では、ホスト国としての面目躍如となる初のベスト16入りを果たしました。

そして臨んだ06年W杯は一勝も出来ず敗退。

期待されていなかった10年W杯で、直前の練習試合で世界とのレベル差を感じた岡田監督が取った「カウンターサッカー」という戦術変更がビタハマりし、まさかのベスト16躍進。

そして14年W杯。

本田曰く「優勝を目指す」と豪語したこの大会。

再び一勝も出来ず敗退しました。

「歴史は繰り返す」

06年の悪夢を乗り越えた時のように、18年W杯では再び躍進が見られるのか?

■本題

●望んでいるのは?

さて、ここ4大会で2回W杯ベスト16入っている日本代表ですが、未だに「日本らしいサッカー」なる標語が溢れかえっています。

この標語自体は問題ないのですが、では「我々が見たいサッカーは何か?」という部分にはほとんど触れられていません。

大事なのでもう一度言います「我々が見たいサッカー」です。

いまいちピンとこないと思うので、野球で例えます。

日本での野球は、投手が活躍する奪三振ショーが楽しいとされます。

乱打戦の大味な試合より、両チームのエースピッチャーが投げ合う「ロースコアゲーム」が「締まったいい試合」という評価です。

よって「チームで一番能力がある子供」は、花形であるピッチャーを選ぶ確率が高く、また指名される可能性も高い。

そして、世界で活躍する素晴らしいピッチャーに繋がっていきます。

実はアメリカでは全く逆で、「点が入るほど良い」とされます。

同じ理論で、偉大なスラッガーが輩出されるという訳です。

●感情

つまり、我々が「見たいモノはこれなんだ」という「感情」こそが、「独自のサッカー」に直結するのです。

「感情の強さ」は、ジョナサン・ハイトが提唱する「象と象使い」で説明されました。

象=感情

象使い=理性

で表されます。

以下、著書「しあわせ仮説」から引用。

「絵画を見るとき、好きか嫌いかは、情動がほとんど自動的に判断している。しかし、好きや嫌いの説明を求められると、左脳にある言語中枢(説明モジュール)が働き、もっともらしい理由をでっちあげる。」

もう一つ「しあわせ仮説」から引用。

「道徳的な議論も、絵画の好き嫌いと同じようなものである。「姉と弟が、純粋な好奇心から、ちゃんと避妊をしてセックスをして、誰にも言わず、お互いの親近感が増した」というエピソードを許容できるかどうかを聞かれると、大半の人はノーと判断する。しかし、その判断の根拠を問われた場合、まずは「遺伝子異常を持つ子供が産まれるから」と答えたり、「二人の関係がめちゃくちゃになるから」などと答える。しかし、「避妊をしていた」「二人の関係は、セックスをする前よりも強くなったのだ」と答えていき、判断の根拠を否定していくと、顔をしかめながら「私には、それが間違っていることだとわかるんです。ただ、その理由を何と説明してよいのかがわからないんです」と言う。理由に基づいて判断したのではなく、不快感によって判断していたのである」。

この様に、象(感情)が行きたい方向を決め、象使い(理性)がアシストする関係にある、という事です。

つまり、最初に刺激を受けた「感情」によって方向性が決まり、その理由を探すために「理性」が働く。

名書ファスト&スローでも明らかな通り、システム1の「自動処理」は簡潔に強力に行われ、システム2はそれに沿ったストーリーを作り出すのです。

よって、「我々が求めるサッカー」という「感情」がなければ、「日本らしいサッカー」など望むべくもない。

逆にそこさえハッキリすれば、自分達でストーリーを作り出し、気持ち良くサッカーを観れるようになります。

そこで「日本のレベルは低い」と言われようと、いやいや「日本独自の面白さもあるのよ」となる訳です。

●少しだけ成功してるモノ

サッカー日本代表です。

もう完全に「お祭り扱い」となり、デートの口実として鉄板の地位を築き上げました。*スポーツバー含む。

代表の試合は「雰囲気を楽しみに行く」のであって、心の底から勝利を願うorプレーを楽しみに行くという人はそう多くありません。

この、サッカーを知らなくてもいいという「軽さ」と、とりあえず出来事だけは共有したいという「話題性」が、代表の人気を支えています。

非常に簡潔に言えば、ハロウィンとかと同じで本来の意味は関係なく、とりあえず「騒げるから行く」。

そこから一歩踏み込んで「こういうプレーが見たい」というのが出てくる成熟度を見せた時が、日本代表が次のステップに進めるタイミングです。

●理性

よって、今の世界的な流行りのサッカーに合わせた「目指すべき方向性の出し方」は、「全く意味がない」のです。

もっと「自発的な理由付け」がなければ、今まで通りの一過性のブームで瞬殺されます。

それはW杯毎に監督が入れ替わり、一から作り直している事からも明らかです。

そもそも、香川が人気なのは「活躍してるから」ですか?

それとも「プレーが好きだから」ですか?

おそらく「後者」ですね。

瞬間のプレーの閃きとテクニックは、Jリーグ初期のジーコ、そして中田と連綿と続く日本人の大好物です。

もちろん「勝つために」とか、「今の世界的な潮流はこっちだから」という理由で戦術を決めるのは当然です。

勝たなければ注目度は落ち、国際大会に出られないのですから。

しかしながらファンは無責任でいいのであって、「自分達が好きなのはこれだ」と「理解」し、それを「一貫して」アピールする事こそが今の日本に欠けているモノであり、この先で必要になって来ます。

●一例

ブラジル→スコラーリ系モチベーター放任戦術が好かれ、ドゥンガ系の守備的合理主義者がつまらないとされ一蹴される。テクニカルな遊びプレー推奨。リーガでネイマールが舐めプしたらプジョルがキレた。

スペイン→パコ・ヒメネス系ポゼッション原理主義者が絶大な人気を誇る。バレロンデラペーニャが至高。現代だとイスコ。木村氏の監督コラム参照。

イングランド→ハードワーク+速攻。感情丸出しが愛される。後ろでちんたらボール回しはNG。騙し系プレーは最も嫌われる。ダイバースアレス、Aヤング。

などです。

W杯ベスト8以上を狙える国は、何かしらの特色を持っています。

■まとめ

真の目標は「楽しむ事」です。

「勝つ事」は、その先にあるモノです。

本当に走り勝つサッカーが観たいのか?

カウンターで一閃、遅攻、どちらのプライオリティが高いのか?

ハードワークの評価は?

マリーシアは本当に褒められる行為なのか?

勝てればダイブしても良いのか?

…すなわち、我々が求める「基準」は何なのか?

過去の日米野球で1908年から1992年まで一回も勝ち越せなくても野球人気が落ちなかったように、柔道の一本への固執があるように、強い競技には「こだわり」があります。

サッカーで「最も感情が動くプレー」は何なのか?

それこそが「日本人らしいサッカー」に繋がるのではないでしょうか。