自分の意見を「言わない」というリスク。
はいどうもこんにちは!
最近見事(意図せず)にメンヘラを釣り上げて、そこから色々と学んだので考察を書く。
本題は「誤解されやすいプレーヤー」という事です。
メッシとか、シュバイニーとか、ハメスロドリゲスとかね。
その前にまず「メンヘラの釣り上げ方」から、順に行こう。
◾︎メンヘラの釣り上げ方
1、話を聞く
兎にも角にもこれ。
モテたければ「人の話を聞く」。
これは男女…というか、人間関係においてすら最強の基準となるモノです。
基本的にコミュ力が高い方が「聞き役に回ります」。
これは能力が高い方が「話しを聞き出す能力に優れる」からです。
子供と遊ぶ時に、一方的に語る人はいませんよね?
意見を引き出し、あやしつつ、やりたい方に誘導して行く。
つまり、パワーバランスは「喋らせる人」の方が上なのです。
メンヘラかどうかの境目は「一方的に話すかどうか?」です。
コミュ力が高い人は「双方向コミュニケーション」を成立させます。
自分が話していても「相手が口を挟んだ話題」を基準にして、そこから話題を広げて行く事ができ、かつまた本題に戻ってくる事が出来ます。
上で書いたやつですね。
対してメンヘラは「一方的に話す」。
こっちが何を言おうと「脱線しません」。
そうなると、こっちは口を挟むのがメンドくさくなるので「うんうん」と聞きます。
「気を遣っている」という事に気付く素振りすらありません。
「存分に話させてあげる事」
これが、最大の重要事項です。
2、自己開示をする
弱味を見せる的なやつです。
筆者も、Yahoo!で晒すにはリスクがある「マイナス面」を持っています。
*人に語っても面白くない事であって、お天道様に誓って問題がある行動(倫理的に問題がある行動)では「ありません」。
そういうマイナス面を「語ってくれた」という事で、相手も「弱味を見せやすくなる」。
「返報性の原理」の一つですね。
適切なタイミングで開示すると、距離が縮まるための助けになります。
3、厳しめな意見を言う
上二つをこなして信頼が高まってからですが、ある程度まで言ったら「客観的な意見」を通しましょう。
「お前が〇〇なのは分かったけど、相手からはどう見えてるんだろうね?」とか、「こうされたら、どう感じる?」など、「他の視点を掲示して」あげます。
そこそこ頭が回るやつなら「自分で分かります」が、分かんないようなら強めに意見して分からせましょう。
「真剣に怒ってくれて」的な捉え方をされる事が多いです。
1のメンドくさいのがあるので、勝手に強めに言ってしまう可能性の方が高かったりします(笑)
◾︎で、釣ったは良いが。
筆者自身は「超つまんない」んですよ。
だって相手は「自分の話ししかしない」し、こっちの話しは「興味なくて」、「相手が聞きたい筆者の話し(女遍歴とか、プライベートな話題)しか聞く気がない」。
筆者は自分語りが好きじゃないので適当にあしらってると、また「延々と向こうのターン」です。
「良い人」ではあるので、ある程度は付き合ってあげようとしましたが、限界がありました。
⚫︎そしてどっかで聞いたことある語句が出る
女の子が言う「良い人なんだけど…」という意味が初めて分かった。
ハッキリ言うわ。
「うざい」
そして「つまんない」。
距離感が分かんなくてコミュ力が低いやつを相手にすると、こんなにメンドくさいんだと始めて知ったわ。
◾︎そして冒頭の3人
干されたシュバイニーは意見を言わず、夜遊びロドリゲスは無駄な弁解をせず、メッシなんてヒゲに金髪という「反社会的行動」に出ました。
あの似合ってなさと、他方から出る「大人しい性格」という意見からして、「意見を言うのがメンドくさい」というのは無理のない推論だと思います。
しかしながら、この「意見を言わない」という行動は、メンヘラを釣った時と同様に「勝手な憶測を呼ぶ」のです。
確かに「黙ってりゃ意見は過ぎ去る」のですが、言われっぱなしの方は「ストレスが溜まる」。
もちろん、意見を言わない方が「大人」です。
しかしながら、相手は最強のメンヘラ「メディア」です。
⚫︎「メディア」というメンヘラ
冒頭の釣ったメンヘラのように、メディアも「一方的に解釈」し「一方的な好意を押し付け」「一方的な距離感で迫ってくる」。
「大人な対応」をして言われるがままにしておけば、それが広がって行って「こっちのストレスになる」のは火を見るよりも明らかです。
であれば、西野亮廣や堀江貴文のように、ガンガン「自分の意見を言っていく」方がメリットが大きいです。
◾︎自由人と魅力
イブラやモウリーニョを筆頭に、たびたび問題が起きるクロップさんや、稀に批判節が飛び出すアンチェロッティ、口を開くと常に批判的なマルディーニまで、「自分意見を言える人」は人気があります。
「自分の意見を言える」ってのは、ロイキーンやモウリーニョみたいに攻撃的なモノ「ではない」です。
イブラみたいに「俺凄え」や「これが良い(PSGでの料理に口を出したのは有名)」、クロップのように「自チームのパフォーマンス」に対してと「どうしても納得いかない事」に強めのリアクション取る事なども「自分の意見」です。
要所で妥協しないアンチェロッティ、ミラン時代のマイナス面を滔々と語るマルディーニなども「思う所がある」という事で評価されます。
*評価はされるが、仕事に繋がるかは別。
性格もありますが「言っても意外と損をしない」、そして「言わないリスクもある」という事です。
◾︎まとめ
アメリカンスポーツを見ていると、「その自由さ」と「意見の尊重」が、とても良いバランスだと感じます。
とはいえ「倫理面」でしくじるとダメージ甚大ですけどね。
日本人の「野球」とか「柔道」みたいに、「適切な謙虚さ」と「人に対しての礼儀を忘れない」プレーヤーはそうそう出てきません。
大谷とか田中とか、「本田以上に調子乗ってて良いレベル」なのに、メディア対応は「スーパー謙虚」なのは信じがたいです。
サッカーだと長谷部ですね。
あれだけ言うべき事「だけ」を通していて、人に対して礼儀を欠く事がないバランスの取れた人間は、この先何年も出てこないでしょう。
そこまで気を使うのがメンドくさいなら、「自分の意見を言っていく」ほうが自由にやれます。
実力があればしくじっても戻ってこれるんだから自由にやれば良いのに。
…身もふたもない結論でした(笑)